思い出話し
3/11 東日本大震災があった日は、夕方、大阪へ出張の予定がありました。
東京でも経験のない大きな揺れ。
福島県いわき市の海辺にある実家で一人暮らしをする父とは連絡が取れませんでした。
無事で逃げたのか。
海に飲み込まれているのか。
そんな不安を抱えながらも、仕事を優先し、都内の恐ろしい渋滞の中を、必死の思いでなんとか上司のバイクで品川まで行き、寒さでかじかんだ足でよろけながら駅の構内を走り、最終の新幹線に飛び乗りました。
予約していたもののチェックインが遅かったのでキャンセル処理されていた大阪のホテル。
東京方面へ帰れない人で大阪のホテルはどこもいっぱいになってました。
新幹線から、チェックインが遅くなる旨の電話を入れたのですがつながらなかったのです。
すったもんだの挙句、同系列のホテルに部屋を確保してもらい転がり込みました。
部屋でTVをつけ、繰り返し流される容赦ない津波のニュースをボーゼンと眺め続けました。
翌朝、現状ではどんなに私個人が心配しても父の安否に何ら作用することはないという確信を頭の隅に置きながら、今やるべきことに徹し、大阪のお客様に笑顔で接してました。
不意にケータイが鳴ったので急いで席を外して出ると
「無事でいっからな!心配すんなよ。だいじょうぶだ!」という父の声。
廊下の隅で泣きました。
数時間経って、恐らくはその日の私の個人的な事情など何も知らないであろう神戸の震災の被災者であるお客様が、耳打ちするように小声で私に言いました。
「あのな、ここだけの話な、私らな、遠くの土地で起こったことだと、どうしてもピンとこなくてな。自分の身に直接起こったことじゃないとどうしても他人事なんや。ほんに申し訳ないと思うけどな。」
その言葉は、妙に不思議に、そしてとてもスッキリと私に入ってきました。
素直に「そう、それでいい」と思いました。
当事者の気持ちにどんなに思いを馳せても、その人に成りきることはできないんです。ただただ「思いやる」それでいいんですよね。
大雨でたいへんな状況にある皆様に、心からお見舞い申し上げます。
くみ
女性/65歳/東京都/黄色くみ広報室長
2018-07-08 16:36