女盗賊メアリー その六
ルーベンスの展示会の閉館時間まで見続けたネロは、管理人に追い出されるように小屋を出た。
が、感動はしばらく抜けず足元がおぼつかなかった。パトラッシュが、ネロの膝のあたりに体をすり寄せて支えてあげた。
里親から、そんなネロの近況を聞いたメアリーは、自分の手では育てられなかったネロへの詫びても詫びても詫びきれない思いと、母親として何かしてあげたい愛が溢れ出て、どうしてもしてやりたいことがあった。
江戸でルーベンスの絵を個人所有している資産家があった。
吉原を中心に江戸の商売を一手に牛耳っているカゴ屋の花形猛多明日(花形モータース)だ。
花形家には、4枚のルーベンスの絵が所蔵されていた。
一代で多額の財を成した主人の花形満は、多額の貢物で幕府の寵愛を受け、鎖国政策の中にあっても自由気ままに諸外国と交流をしていた。
ルーベンスの絵は、花形が、友達の星飛雄馬の姉の明子が通訳の仕事をしていたことからつながりができ、入手したものだった。
その噂を耳にしたメアリーは、どうしてもネロにこの絵を贈りたかった。
ネロが喜ぶ顔が見たかった。
母と名乗れなくてもいい。
一度でいい。
この手で息子を笑顔にしたかった。
花形の屋敷から絵を盗み、その夜のうちにネロの部屋に並べてやるのだ。
翌朝、起きたネロは、どんなに驚くだろう?
どんなに喜ぶだろう?
長屋の床下に眠らせていた百万両はこの仕事に使うつもりだった。
金にならないこの仕事のために動いてくれる盗賊仲間への報酬にするのだ。
ハイジ、クララ、セバスチャン、オンジ、そしてペーター。
みんなにこれを分けて、メアリーはこの仕事を最後に足を洗うつもりだったのだ。
狙う花形の屋敷には二人の用心棒がいた。
一人は、左門豊作という柳生新陰流の剣の使い手。
もう一人は、オズマというナイフの使い手だった。
ヤツらに見つかっては命取り。
メアリーは段取りを練った。
くみ
女性/65歳/東京都/黄色くみ広報室長
2019-01-27 08:19