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私がバーテンダーになった訳。思い出の店

2003年10月13日。
私はJR黒姫駅から野尻湖に向かう路線バスの中に居た。
乗客は私一人。

かつて、観光客で賑わっていた、
この街は数年前に出来たバイパスの性で観光客が減り、
人影も無く寂れた感じになってしまった。

バスを降りると22年前の光景が鮮やかに蘇る。
目の前の何も変わっていない野尻湖から吹く微風は、
昔と同じ香りがした。

漕ぎ手の居ないボートの横を通り抜けて、
湖畔にある喫茶店の"ぼーしや"を目指して私は歩き出した。

ここで出逢った一杯のカクテルと仲間たち。

誰も居ない"ぼーしや"の店内でココアを飲みながら、
私は今と過去とを繋ぐ記憶の糸を探していた。


「これ、本当に旨いんだよ。絶対。飲んでみてよ。」
私に一杯のゴールデンフィズを勧めたのは
アルバイト仲間だった。

"ぼーしや"の店内は若い人達が溢れ、
色とりどりのカクテルを皆が楽しそうに飲んでいた。

聞く所によると、
夏休みの間は、この"ぼーしや"の店主の息子さんが手伝いで働いていて、
期間限定でカクテル・メニューを提供しているそうだ。

店内の客層も様々だ。
関東圏からも関西圏からも色々な人が押し寄せ、
冬はスキー客として、夏は避暑地としても賑わうらしい。
当時の私達の様なアルバイトも居れば、
山登りやキャンプを楽しむ大学生グループも居る。

アルバイト仲間の隣でカカオフィズを飲んでいる、
忍っていう女の子は家族と一緒に近くの別荘に避暑で来ていると言う。
何と、誰もが知っている大手鉄鋼会社役員の御令嬢だと言うから驚いた。

何で、この二人が一緒に居るんだろうと、
少し嫉妬した私が其処に居た。

ただ、その時の私は
暖色の灯かりの中で揺らめく、沢山の笑顔を観ながら、
ゴールデンフィズに夢中になり、
今迄、味わった事の無い心地よさを感じていた。


「これ。バスの時刻表よ。」
あの原色に彩られた世界から引き戻された私に、
"ぼーしや"の女主人が、路線バスの時間を教えてくれた。

私は誰も居なくなった"ぼーしや"の店内で、
今迄の自分の道のりと、今の自分を探していた。

私は一杯のココアを飲み終えて、
東京への帰路に発った。

bar亭主

男性/61歳/東京都/自営・自由業
2020-03-03 07:10

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