思わず、涙❗
本部長、秘書、リスナー社員の皆様
お疲れ様です。
今日で東日本大震災から9年が経ちました。
あの日、会社の帰り電車はとまっていたので
家まで歩き。普段なら1時間で帰れるところ、
家まで4時間かけて帰りました。
帰り途中、いろんなところに電話しましたが
全然繋がらず、やっと帰宅してニュースを
見ると福島県の小名浜港に津波がきたところの映像がながれてました。
かみさんの実家は小名浜港のすぐ近く。
内心、これやばいな。と思いながらも、泣いて震えてるかみさんに「大丈夫、大丈夫だ。
お父さん、お母さんは大丈夫、絶対大丈夫だから」なんの根拠もないけれどそう言うしか
なかった。お父さん、お母さん無事でした。
家も奇跡的に流されず、半壊で済みました。
あのときは本当に辛かったなー。
って思いながら通勤途中の駅のホームで
ラジオを聴いてました。
東京FMではありません。すみません。
そのラジオで紹介した新聞のあるコラム記事の紹介で思わず泣いてしまいました。
駅のホームで人目も憚らずボロボロと。
震災の年の9月に生まれた9歳の女の子の詩で
泣いてしまいました。
その娘のお父さんは震災で亡くなってしまいました。お母さんとお姉ちゃんは無事でした。その娘はお父さんの顔を知りません。
お母さんはいつもことあるごとにその娘に
お父さんの話をしてくれたそうです。
ある日、その娘の通っている小学校の授業で
お父さんに詩を書こうということになり、
そこでその娘が書いた詩をラジオで紹介したのですが、その詩でボロボロと泣いてしまいました。最初の部分を聴いたところで泣いてしまったのでそれ以降の言葉は覚えてないのですが…
パパ、会いたいよ。
あの日、私はママのお腹の中にいました。
パパ、会いたいよ。
あの日、パパはママと私とお姉ちゃんを
守ってくれたんだよね。
パパ、会いたいよ。
私はパパににてるんだって。ママがいつも
そう言ってくれる。
パパ、会いたいよ。
ここが限界でした。
私にも子供がいます。お父さんは本当に
悔しいだろうなあと思うともう涙が…
手で顔を隠すのが精一杯でした。
あの日の事を絶対に忘れてはいけない。
風化させてはいけない。絶対に。
テンポイント
男性/56歳/神奈川県/会社員
2020-03-11 18:46