傘
昨日の雨の朝、電車で眠りこけるイカツイ男性の手に、ビニール傘が握られていました。
柄にはネームシールが貼られていました。
MIKA と。
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彼はコンビニで出会った5歳年下の子と一緒に暮らし始めていた。
出会った日、彼は突然の豪雨にあい、ビニール傘を買おうとコンビニに走り込んだ。
濡れた髪を手でぬぐいながら、上がった息を落ち着かせつつ、何気なく一周していた店内で、足元にペットボトルが転がってきた。
その先には、棚からペットボトルを取り損なったMIKAが取っ手を握ったまま申し訳なそうに立っていた。
拾ったペットボトルを無言で差し出すと、MIKAは、初めて見る動物にでも出会ったような目をして言った。「ありがとうございます」。
入口では、突然の雨で飛ぶように売れていたビニール傘を店員が補充をしていた。
雨は弱まらなかったが、もう天気などどうでもよくなっていた。でも、取り繕うようにビニール傘を一本取った。
どちらからともなく一緒にレジに並ぶとMIKAは囁くように言った。
「このお茶が好きなんです」
彼は、話をつなぎたくて必死で言葉を探した。
突拍子もない言葉が勝手に口から飛び出していた。
「オレ、このお茶が好きな子と夕めしを一緒に食べることにしたんだけど、どう思う?」
くみ
女性/65歳/東京都/黄色くみ広報室長
2020-10-10 10:15