1998年の11月1日を語らせて下さい(2)
しかし、現実は違かった。大欅を過ぎたサイレンススズカが再度大写しされると明らかに走り方がおかしい。みるみるうちに後続が迫って来る。静かに外ラチへ戦線離脱するサイレンススズカ。ショックだった。観ていられなかった。レースが終わった後、映し出されたサイレンススズカは3本の脚で立っているようだった。転倒してもおかしくない大怪我を負っているにも関わらず、パートナーの武豊騎手を振り落とさず命懸けで守ったように見えた。
ダービースタリオンで競馬を勉強していた私は、故障した馬がどうなるかはわかっていた。どうか命だけは助かってほしい。どうか予後不良という診断だけは出ないでほしい。そう願っていた。
翌日のスポーツ紙は1面でサイレンススズカの訃報を報じた。
私の願いは叶わなかった。
初めて競馬の悲しさを知った。
初めて競馬で泣いた。
11月2日は何をする訳でもなく、ずっと家でレースのビデオを観ていた記憶がある。
サイレンススズカが無事であっても、エルコンドルパサーはその年のジャパンカップを勝利できたのか?
サイレンススズカが無事であっても、グラスワンダーはその年の有馬記念で復活できたのか?
サイレンススズカが無事であっても、99年の古馬中長距離戦線でグラスワンダー・スペシャルウィークと共に3強と呼ばれていたのだろうか?
タラレバな話だがサイレンススズカが無事だった時の事をついつい考えてしまう。
日本競馬史の転換に大きく関わったであろうサイレンススズカの旅立ち。
あれから22年。今日の第162回天皇賞は12頭が無事にゴール板を駆け抜けて欲しいと願っています。
長々と失礼しましたm(_ _)m
旅うま
男性/43歳/茨城県/会社員
2020-11-01 00:46