昭和の狐
本部長、秘書、お疲れ様です。
東京にはネコやカラスだけじゃなく、
カモやハクビシン、タヌキ、聞くところによりますと
タカまでの野生動物がいるそうですね。
これは今から半世紀ほど昔の話です。
昭和四十年代の頃でしょうか。
私の近所に八十歳近い明治生まれの老夫婦が住んでおりました。
御爺さんは三味線の御師匠さんで、
一般人の方に三味線の稽古をつけていました。
昼下がりに御爺さんが家を出て、繁華街の花街を抜け、
お稽古場に通う姿を幼少の私はよく見かけたものです。
毎月、月末になると御爺さんは日没になっても帰ってこなかったのです。
後年、聞き及びますところによりますと、
月末に御弟子さんが月謝を御支払いになっていたそうです。
御婆さんの話では、
毎月、御爺さんの持ち帰る金額と稽古の月謝代が合わなかったそうです。
御爺さんは決まって
『いやぁー。またキツネに化《バ》かされてしまってなぁ』
御婆さんは
『また女狐が出ましたか。それは、ようございましたね』
と、言ってました。
bar亭主
男性/60歳/東京都/自営・自由業
2021-06-24 19:05