緊急なんちゃらとか蔓延なんちゃらとか。
ずっと昔、東京は東大和市の都立高校に通う高校生だった。
信じられないことに、サッカー部員。下手くそだった。同期の中でも、おそらく一番下手くそだった。
練習は嫌いではなかった。休みたいとか思ったこともなかった。合宿というのもなかなか好きな“イベント”だった。
八月の一週間の夏合宿のこと、これは結構細部まで記憶に残っている。
記憶の中でひとつだけ、本当に辛かった恒例メニューがあった。
合宿の最終日の最終メニュー。
『40秒インターバル』と呼んでいたメニュー。
こっちのゴールラインからあっちのゴールラインまで、全員横一線で14秒以内で走る。これを40秒間隔で10本。14秒で走ったら26秒は息を整えることができる。
但し、ひとりでも14秒で走りきれなかったらもう一本追加。また走りきれなかったら更に一本追加。
結局は保健体育の教師をやっているサッカー部監督のお情けで、追加は二本まで。12本走ったら「ヨシ、これまで!」となった。
ゴールラインからゴールラインまで、普通のサッカー場ならだいたい100mくらいである。
100mを14秒ならまぁまぁイケるだろ、と最初は思う。
だがそれを十回やれ、となると……最後の方は呼吸することすら辛くなってくる。
この40秒インターバルが好きだと言う奴は、さすがにひとりもいなかった。それでも、誰も文句や不平や愚痴は言わなかった。
高校生だったから、監督の言うことは絶対だからか?
違う。絶対に違う。
「最悪でも12本走ったら終われる」と信じていたからだ。
「全員で一本も脱落なく14秒以内で走ったら、そしたら10本だけで救われる」と解っていたからだ。
終着点とか出口とかゴールとか、それが見えていたら大概の人間はそれなりに頑張れるのだと、そう思っている。
必ず出口があると信じているから関越トンネルだって笑って入っていけるでしょ。例えその向こうが雪国だとしても。
受験する日が決まっているから、その日までは遊びを堪えても勉強できるでしょ。例え試験の結果が好ましくないことがあるとしても。
緊急事態なんちゃらとか蔓延防止なんちゃらとか、「これ最後だよ、ここ我慢すればこうなるよ」ってのが見えてこないから、こっちだってモヤモヤ気分が抜けないんだ。
鴻の親父(おおとりのおやじ)
男性/66歳/埼玉県/居酒屋やってます
2021-07-09 15:32