あの時のこと
宮城県塩竈市で被災した元同僚とやっと連絡が取れたとき、本当に嬉しくて涙がでました。私が電話の最後に「諦めずに頑張れよ。」と言った時、彼は「頑張れよ。と言われなくても、俺達はみんな頑張ってる。頑張れよ。と軽々しく口にする奴は、今、頑張る必要のない奴なんだよ。」と言って電話をきりました。応援の言葉は、立場が違うと、無責任な言葉になってしまうことを痛感しました。「絆」と言う言葉の下で、その言葉の意味とは異なる言動を重ねた悪がいたことも否定できません。
本当に、いろんな意味で、辛い記憶が多い出来事でした。
とまちか
男性/54歳/神奈川県/会社員
2015-03-11 12:49