徒然に、徒然に……(その五)
「おい、オマエ、薔薇って漢字で書けるか?」
カウンターの隅っこで語り合っていた背広の男二人組。そのひとり、やや年嵩の方が唐突に年下に尋ねた。
「薔薇って漢字で書けるか?」
話を聞いていると、その年嵩さんには小学三年生の娘さんがいて、その娘さんがスラスラと薔薇を書いたのだそうだ。
「ショックだろ、俺、書けねえもん。分かる? なぁ、分かってくれる?」
それから暫く機嫌よく飲んでいた二人組は帰っていったのだが……
妙に“漢字”というものが頭から離れなくなってしまった。
手近に破ってきた五月のカレンダーがあったので、その裏に『薔薇』を書こうとしてみたら。
ん、自分も書けなくなっていると知った。二十年くらい前には確かに書けていた漢字を、今では書けなくなっていた。
『憐憫』、これも書けなくなっている。
いや、本当に、これはちょっとしたショックである。
ところで、漢字についてはもうひとつ話がある。
『大豆』、これ“だいず”ですよね。
『小豆』、何故これを“しょうず”と読まないのか?
“だいず”ときたら普通は“しょうず”で良くはないか?
当時小学生だった鴻少年はこんなことを考えていたのです。考えてもしょうがないことを。
そして鴻少年は地図を眺めるのが好きな子で。
ある時、見つけたんです。紀伊半島と四国の間にある犬みたいな形の島。
『小豆島』
“あずきじま”だと思ったんです。妄想が膨らんで、きっと小豆がたくさんできる島なんだろう、とか。
何で“しょうど”って読むんだ……?
他にも色々ありました。
『川内』は“かわうち”だと思っていたら“せんだい”だった。
『新田原』は“しんたはら”か、或いは“にったはら”だと思ったら“にゅうたばる”。
もう勘弁してくれ……けれど何やかんやと面白い。
26歳くらいの頃。
関西に一週間ほど出張する仕事があって、大阪の鉄道路線図を見ていた。
それで見つけた『放出』。
“ほうしゅつ”かぁ、ケッタイな駅名だなぁ。
と思ったら、これは“はなてん”と読むのだと関西出身の先輩が教えてくれた。
益々もってケッタイである。
しかし、漢字の読み方って、いったい誰が決めたのかしらん?
鴻の親父(おおとりのおやじ)
男性/66歳/埼玉県/居酒屋やってます
2023-06-01 01:14