夢小説
「似顔絵はいかかですか」
似顔絵かきの人が声をかけてきました。
「おっ。やろう。二人で描いてもらおう」
「いい。いいです」
「やろうよ」
「いやっ。駄目っ」
「えぇー。じゃぁ、一人ずつ描いてもらおう。似顔絵、一人ずつ描いてください」
啓之は強引に二人分の代金を支払って似顔絵を描いてもらいました。描いてもらった似顔絵を見てはしゃぐ美保と啓之は展望タワーに乗り込みます。
美保は、オレンヂ色に染まっていく浅草の街並みを展望タワーから見詰めていました。その横顔を見て啓之は、美保と自分の未来を想像していました。いくつかのアトラクションに乗り、花やしきを出た時には、もう日が沈んでいました。
花やしきを出て、仲見世通りに差し掛かった時の事です。チィリィッ―。
「あっ、江戸風鈴。綺麗」
「んっ。何っ。風鈴。小料理ミホの窓に飾れば。買ってあげるよ」
「いいです」
「いいからっ」
チィリィッ―。仲見世通りで江戸風鈴を買い、美保にプレゼントしました。水色の江戸風鈴を持って、水上バスで浜松町に向かったのです。日が沈み、すっかり夜になっていました。隅田川に吹く風が気持ち好くって。なんだか本当のデートみたいでした。隅田川を下る水上バスに吹く風には湿った街の薫りがまとわりついていました。遠くに点在する家々の灯かりが霞んで見えます。その時の浮かれた啓之は、美保の心の底を思いやる事が出来なかったのです。
浜松町の駅に着くと、啓之はソワソワと落ち着かない様子でした。
「これから、どうするの」
「あっ。アタシ、仕込みもありますから、もう帰ります」
「あぁ、そうだね。えっと、どったちだっけ」
「大丈夫です。アタシ、こっちなんで。有難う御座いました」
「あぁ、じゃ、また」
駅の改札口で別れ、啓之はいつまでも手を振っていました。美保は一度だけ振り向くと会釈をしました。
あの時、二人で描いてもらった似顔絵は今、何処にいったのでしょう。
bar亭主
男性/60歳/東京都/自営・自由業
2024-12-12 04:55