東日本大震災
あの日、僕は仙台にいました。
赴任して3年目になろうとしてました。
長男も1歳になり、仕事も億を越える案件を任されてバリバリ働く日々でした。
予兆はありました。
数日前から県内で少し大きめの地震が続きました。
そして、3月11日をむかえました。
とにかく妻と長男を助けるのに必死でした。
当時、マンションの11階に住んでおりました。
エレベーターは使えず、マンションの非常階段を使って助けに行きました。
その11階から遠くを見た時、仙台港から大きな炎が上がっているのを、仙台市街では季節はずれの雪が降る中で見ました。
何が起きているのか分からず、とにかく避難をしました。
2日後、妻と長男は救援に来てくれた義父と義兄に預けて地元の東京へ避難させました。
一人残った僕は、ひたすらボランティアに明け暮れました。
ある日のボランティア帰りに貨物倉庫の前を通りました。
そこには、多くの身元不明のご遺体が安置されていました。
もちろん、ブルーシートがかけられていましたがそこには多くの方達がいました。
そこに、一人のお坊さんが一人一人に手を合わせておられました。
その光景を見た瞬間、ここにいる人達はつい先日まで普通に笑い、普通に怒り、普通に喜び、普通に生活をされていたのだと感じた瞬間、涙が止めどなく溢れてきました。
これだけです、特に何かを伝えられとは思いません。ただ、あの時あの瞬間を常に忘れないようにしたく、今年はここに書きます。
くーるじょー
男性/50歳/東京都/会社員
2026-03-11 15:47

