嘘
昨年の夏の終わり、妻から離婚を切り出された。
「うつ病なんてわたしは病気として認めない。だから同情もしない」って言われた。
10年連れ添った妻だった。うつ病になってから8年。自分なりに社会復帰しようともがいた。職を転々として、そのほとんどが一ヶ月もたなかったけど、それでももがき続けてた。そんな僕の努力は、妻に伝わってる筈だと思ってた。病気の苦しさも辛さも、判ってくれてると信じてた。
「あなたとの子供は欲しくないけど、子供は欲しい。だからわたしを自由にして」と言われた。僕は何も言えなかった。ただ唖然として、足元が崩れる音だけを感じてた。
離婚はすんなり決まった。離婚届の提出も、住んでた戸建ての売却手続きも、彼女はどんどん段取りを進め、自分の荷物をまとめてさっさと出ていった。最後の夜に交わした言葉は「お休み」だけだった。
彼女が出ていった後、売却先への家の引渡しのために、不要な家具や荷物をひとりで処分した。新築の時に苗木で植えて、10年ですっかり立派な木になった庭の紅葉は、業者が5分で抜き去った。僕は思った。この10年は、つまりは「嘘」だったんだと。
嘘には実態がない。当たり前だけど、拠って立つ真実がない。だから、家も荷物も思い出も、僕には何ものこらなかった。
離婚から一年が経った。僕の足元は真実のないまま、宙に浮いて漂ったままだ。
僕はまだ「嘘」を生きている。
しゅんきち
男性/54歳/神奈川県/転職活動中
2015-11-15 12:19