不名誉な勲章
81年に入社して事業部門で80年代~90年代を徹夜続きの激務で駆け抜け、あまりの疲労と将来への不安から異動を願い出てスタッフ部門へ異動。
2年半ほどは残業の少ない時期があったものの、その後はスタッフ部門内で異動となり、国際係争を扱う部門で繁忙となって睡眠時間が減り(アメリカとは早朝の電話会議や交渉、ヨーロッパとは夕方から深夜にかけて電話会議や交渉)、この歳になって自律神経失調症と鬱と診断されて、会社の産業医の指示で休職に入ってもうすぐ2年。
そういえば、入社した当時の主任はこのくらいの年頃に脳梗塞を起こして入院したし、退院後も後遺症で定年まで動けず、定年後は2年くらいで亡くなっちゃった。
周囲でも、入社3年めの頃に指導してもらった当時の他部門の主任さんも、50代半ばで、社食で昼食後、同僚と談笑中に気を失って、そのまま亡くなっちゃったし。
そう考えると、30代後半にハンドルを切ってスタッフ部門に移してもらい、40代半ばからサイクリングを始めて、ある程度運動してカラダを鍛えた自分は、今こうして休職に陥りながらも、カラダに不自由なく生きて過ごしていられるだけでも、当時の諸先輩方から比べたら、ずいぶんマシなのかも知れないな、と思ってしまいます。
休職に入って最初の3ヶ月は、食事とトイレと風呂以外は眠って過ごした結果、サイクリングでゆるゆる鍛えた筋肉はすべてすっかり落ちてしまい、近所を30分散歩しただけで疲れてしまう、お年寄りの脚になってしまいました。
今は少しはマシになり、昨日は45キロ、ゆっくりとサイクリングしてきても、何とか筋肉痛にならない程度に戻ってきましたが、付き合ってくれた仲間は、自分と昼に合流する前に、単独で小平から横浜まで走り、合流地点の府中まで戻って来たのです。
以前は自分も一緒に行ってくるだけの脚は在ったので、早くそんなレベルに戻りたいものです。
とりあえず、あれだけの激務をこなしてきても、カラダのフィジカルを壊すことなく、この歳でメンタルで休職する程度で済んでいるところが、不名誉ながら、自分の勲章かな、と思っています。
年明けには復職出来ないと、休職期間満了に依る自然退職になってしまう身ながら、まだ、具体的にはメドが立って居ないところが、今ひとつ、心もとないところですが。
のんびりタック
男性/64歳/東京都/スカロケスポーツサイクリング部
2017-05-29 14:17