社員掲示板

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私が今考えている事案件

やしろ本部長、浜崎秘書、リスナー社員の皆様
今日も寒い中おつかれさまです。
先日、11歳の娘と東日本大震災が起きた直後の被災地の映像をテレビで見ていた時、娘は「何回見ても、これが日本で起こったとは思えない。戦争の映画を見ているような気がする。」と呟いていました。
私はずっと関東圏に住んでいて、あの日現地で被災した方々に比べたら…と思いつつも、15年前の今日の事は今も鮮明に覚えています。
遠く離れた関東でも震度5強の強い揺れが怖く、当時5歳の息子と母と机の下で震えて隠れたこと。
都内に出勤した夫が帰宅困難になり、午前2時過ぎにやっとの思いで無事帰宅したときは泣きそうになったこと。
夜の計画停電は家族みんなで集まり、毛布にくるみながら過ごしたこと。
物流が滞り、買いだめも頻発し、関東でもスーパーの棚が空っぽになったこと。
毎年震災当時のことを娘に話して、今まで娘の心にどのくらい響いているかは分かりませんが、話をするたびに娘は耳を傾け、「そうなんだ...」と頷いてくれます。
いつか娘が大人になり、娘の子供に「そういえば、3月11日になると、お母さんが毎年こんな話をしてくれてね...」と話してくれたらいいなぁ、と考えていた一日でした。

daydreamer5219

女性/50歳/埼玉県/自営・自由業
2026-03-11 16:29

東日本大震災から15年

本部長、秘書、社員のみなさん
お疲れ様です!

今日で東日本大震災から15年が経ちましたね。

岩手生まれ岩手育ちの私にとって、3.11は忘れられない1日になっています。

震災から2年後、私は高校を卒業して建設業へ就職し、岩手沿岸部の復興工事に携わりました。
あの当時はまだまだ津波の爪痕が沿岸部一面に広がっていて、山のように積み重ねられた瓦礫に囲まれながら、防波堤の基礎工事をやっていました。

父とよく釣りをしにきていた見慣れた町が、すっかり津波に飲まれて見るも無惨な姿に変わっていたその光景を見るたびに泣きそうになる自分と戦いながら、必死に現場作業をしていたのを今でもはっきりと覚えています。

私はそれ以外でもデコトラ乗りの同志たちが沿岸部で開催したチャリティーイベントに参加し、支援物資の輸送と寄付活動に力を入れ、積極的に現地のみなさんと交流してきました。

デコトラを見にきた地元の方々から「目の前で助けを求めていた人を助けてあげることができなかった。」
「うちの人は今どこに居るんだろうねー…」と、胸が張り裂けるような話をたくさん聞き、何も力になってあげられない事に自分自身悔しい思いをたくさんしてきました。
そんな中で子供たちが、夜に輝くデコトラを見ながら笑顔になってくれていた事が、私たちの唯一の救いでした。

今ではあの時まだ小さかった子が、自分のデコトラに乗り、チャリティーイベントの会場で一緒に募金活動をしている姿を見ると、「あの時の子供たちに少しは希望と夢を与えられたのかな…」と思うと同時に長い時の流れを感じます。

あれから15年。
これからも「誰かの心にデコトラで光を灯したい」という覚悟を抱きながら、積極的に全国のチャリティーイベントを回っていきたいと思います。

キャンちゃん

男性/31歳/岩手県/機械整備士
2026-03-11 16:29

今年、目指したい事

本部長、秘書、社員の皆さんお疲れ様です。
今年、目指したい事あります。
それはユンボの操作が出来る資格を取ることです。
農家です。ユンボの操作が必要や仕事は今はありませんが今後の圃場の整備に準備しようかと考えています。
あと一つ、災害があった時に一人でも多くのユンボの運転手が必要だと聞いたことあるので、いざと行く時のために勉強しようと思います。

麦わらのおじさん

男性/54歳/静岡県/自営・自由業
2026-03-11 16:19

本日の案件

本部長、秘書、リスナー社員の皆様お疲れ様です。

私が考える事は母の事です。

72歳になる母はだいぶ足が悪く
自宅の移動が特にキツそうな状態です。

その身体にアルコールが入ると無敵になり
今でも渋谷、六本木まで終電まで飲んでる
パワフルな一面もあります。

今日は3.11。色々考える1日。

また大きな地震が来た時この足で逃げれるか?

私は近くに住んでいるとはいえ心配になります。

病院に行くように進めると

突っ張られてしまいます。極度の病院嫌い。

周りにからも色々治療はありそうなので

何とか病院に行かせたいのですが…

皆さんは親を病院に連れて行く時
どのように言って連れて行きますか?

最近、今日特に考えてしまう事です。

長々と暗い話を失礼致しました。

せいこう

男性/48歳/東京都/会社員
2026-03-11 16:11

出社しました

本部長、秘書、皆様、今日もよろしくお願いいたします。

シロノス

男性/44歳/佐賀県/自営・自由業
2026-03-11 16:10

案件

日本って政治以外は最高だなって

おっ

男性/40歳/東京都/底辺中の底辺だけど、やりがいのある仕事
2026-03-11 16:05

案件のこと

本部長、秘書、リスナー社員の皆様、お疲れさまです。
今考えていること。結婚のことです。
彼女とは両親に紹介しあって、お互い家族の公認の存在になりました。そのうち、兄弟・姉妹にも紹介しようねと話しています。そしてもちろん、その次には結婚、的なものを考えないといけないと思っています。
「的なもの」というのはつまり、選択肢が法律婚だけではないと思っているからです。身の回りにも弁護士を通して契約書を交わし、事実婚をしている友達がいます。もちろん法律婚をしている友人や兄弟も多いですが、そうした場合に苗字はどうするかなども考えてしまいます。
一方で両親は「いつ結婚するの?」と聞いてきて、田舎なのもあってむしろそれが普通の感覚、私たちが頭でっかちにものごとを考えているだけとも思うのですが、もうちょっとちゃんと時間をかけて考えたいと思っているところです。
結婚って、どうやって決断してどうやって踏み出すんでしょうか?結婚歴のあるリスナーの皆様や、いま結婚を考えている人、彼女のいる本部長などは、どんなふうに捉えているのでしょうか?ちょっと聞いてみたいです。

アフ口ふきげん

男性/39歳/広島県/農業
2026-03-11 16:02

「リスナーの声案件 〜あなたが今、考えていること〜」

本部長、秘書、リスナー社員のみなさま お疲れ様です

昨日、18年越しの目標を叶えました!

私のいとこはずっと男の子しかいなくて、兄弟も弟だけ。小さい頃は女の子の親戚に凄く憧れがありました

そんな中やっと産まれた女の子のいとこ!
はじめて病院に会いに行った時、凄く嬉しい気持ちと同時に、ふと「私、この子が高校卒業する頃めちゃくちゃ大人じゃない…?」と思ったんです

そこで「この子が高校卒業した時、卒業祝いに可愛いコスメを買ってあげよう!」と密かに小さな目標を立てました

そしてついに今年、いとこが高校を卒業して
春から東京で一人暮らしをする事に。
好きな色を選んで欲しかったので、LINEギフトでDiorのマキシマイザーをプレゼントしました!

年齢が離れているのであまり一緒には遊べなかったけど、待ちに待った唯一の女の子のいとこなので、いくつになってもやっぱり可愛いです!

はじめての一人暮らしできっと大変な事もあると思うけど、いとこの春からの新生活が楽しいものになったらいいな〜!と昨日からずっと考えています

まるまるまりる

女性/29歳/新潟県/自営・自由業
2026-03-11 16:02

今思うこと案件

東日本大震災から15年経ちました
職場の後輩と話してたら当時は中学生だったと言ってたので、時の流れを実感します

発生当時は19歳で社会人1年目でした
工場で測定作業してた時だったけど、2分程の縦揺れで地震酔いしました

休憩室のTVで見た津波がドラマではなく現実に起きてることと受け入れなかったです
2週間仕事が休みになったり、計画停電の影響で土日に仕事したりと忙しく過ごしてました

20代からは東北に3回行きました
宮城県の仙台空港近くにある千年希望の丘では津波10m地点に記念碑やベンチが置いてあり、家があった場所が広い公園に変わってる現実をみました

福島県いわき市のマリンタワーから海を眺めたり小名浜港から花火大会を見る、猪苗代湖から磐梯山をみて波音や夕日など自然に癒されました

辛いこともあるけど、前を向いて歩いていきたいです

khira

男性/34歳/愛知県/会社員
2026-03-11 15:56

東日本大震災

あの日、僕は仙台にいました。
赴任して3年目になろうとしてました。
長男も1歳になり、仕事も億を越える案件を任されてバリバリ働く日々でした。
予兆はありました。
数日前から県内で少し大きめの地震が続きました。
そして、3月11日をむかえました。
とにかく妻と長男を助けるのに必死でした。
当時、マンションの11階に住んでおりました。
エレベーターは使えず、マンションの非常階段を使って助けに行きました。
その11階から遠くを見た時、仙台港から大きな炎が上がっているのを、仙台市街では季節はずれの雪が降る中で見ました。
何が起きているのか分からず、とにかく避難をしました。
2日後、妻と長男は救援に来てくれた義父と義兄に預けて地元の東京へ避難させました。
一人残った僕は、ひたすらボランティアに明け暮れました。
ある日のボランティア帰りに貨物倉庫の前を通りました。
そこには、多くの身元不明のご遺体が安置されていました。
もちろん、ブルーシートがかけられていましたがそこには多くの方達がいました。
そこに、一人のお坊さんが一人一人に手を合わせておられました。
その光景を見た瞬間、ここにいる人達はつい先日まで普通に笑い、普通に怒り、普通に喜び、普通に生活をされていたのだと感じた瞬間、涙が止めどなく溢れてきました。
これだけです、特に何かを伝えられとは思いません。ただ、あの時あの瞬間を常に忘れないようにしたく、今年はここに書きます。

くーるじょー

男性/50歳/東京都/会社員
2026-03-11 15:47